
作者: 清少納言(せいしょうなごん,约966年—约1025年) 成书: 约1002年,平安时代 体裁: 随笔(随想录) 地位: 日本随笔文学的开山之作,与《源氏物语》并称平安文学双璧
春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は、夜。月の頃はさらなり。闇もなほ、螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。
秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁などの連ねたる、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。
冬は、つとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。霜のいと白きも。また、さらでも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
春天是破晓的时候最好。渐渐发白的山顶,有点亮了起来,紫色的云彩微细地飘横在那里,这是很有意思的。
夏天是夜里最好。有月亮的时候,不必说了,就是在暗夜里,许多萤火虫到处飞着,或只有一两个发出微光点点,也很有趣。下雨的时候,也很有趣。
秋天是黄昏的时候最好。夕阳灿烂地照着,到了很接近山边的时候,乌鸦都要归巢去了,三四只一起,两三只一起急忙地飞去,也很有风趣。而且更是雁字成行,排成小小的一列,看去也极有意思。日头落下以后,那风的响声,虫的鸣声,更不用说了。
冬天是早晨最好。在下了雪的时候可以不必说了,有时就是雪白的下了霜,或者就是没有霜雪但也觉得很冷的天气,赶快生起火来,拿了炭到处分送,很有点冬天的样子。但是到了中午时分,暖气一上来,火盆里的火也变成白灰了,就不大好。
春,曙为最。逐渐转白的山顶,开始稍露光明,泛紫的细云轻飘其上。
夏则夜。有月的时候自不待言,无月的暗夜,也有群萤交飞。倘或雨天,也觉有情。
秋则黄昏。夕日照耀,近映山际,乌鸦返巢,三只、四只、两只地急匆匆飞过,令人感动。况且又见雁列小小成行,看去有趣。日落之后,风声虫鸣,更不待言。
冬则晨朝。降雪时不消说,若有白霜,或者即使无霜亦觉甚寒之时,便急忙生火,搬运木炭,颇合冬趣。但至白昼,暖气渐升,火盆余烬化作白灰,便觉无趣了。
すさまじきもの。昼吠ゆる犬。春の網代。三四月の紅梅の袿。
扫兴之事:白天叫的狗。春天的鱼簗(渔栅)。三四月间还穿着红梅色的衣裳。
清少纳言以敏锐的观察力列举令人感到扫兴的事物,体现了她对时节与事物之间协调感的重视。
めでたきもの。正月の元旦。若き人に、めでたきことのあらん日は。
可喜之事:正月元旦。年轻人即将有好事降临的日子。
うつくしきもの。瓜に描きたる稚児の顔。雀の子のねず鳴きするによそほひて。
可爱之物:瓜上画的幼儿的脸。小麻雀模仿老鼠叫的样子。
いみじううれしきもの。まだ見ぬ物語の、つづきを見ん、と思ふに、人持て来たる。
极其高兴之事:想读尚未看过的物语的后续,恰好有人送来了。
正月、宮中に参りたるに、春の曙、空の気色、いとけしきだちて、霞みたなびきたるに、世の中の花も、実も、みなこれよりぞ、出で立ちける、と思ふに、いとおかし。
正月入宫,见春日曙色,天空的气象格外不同,霞光缭绕,心想世间的花与果实皆从此发端,颇觉有趣。
木の花は、濃きも薄きも紅梅。桜は、花びら大きに、葉色濃きが、枝細くて咲きたる。
树木的花,不论浓淡,以红梅为最。樱花则花瓣大、叶色浓而枝条纤细地开放者,为佳。
うつくしきもの。なにもなにも、小さきものはみなうつくし。
可爱之物——一切事物,但凡小的,都是可爱的。
月に枝をさし出だしたる梅の花。
月光下,梅花的枝条伸展出来。
心ときめくもの。雀の子あまたあれど、親のえさ運ぶを見たる。
令人心动之事:小麻雀虽然很多,但看到亲鸟运食来喂它们。
あてなるもの。白き絹の、いと薄きを、かさねて着たる。
优雅之物:白色丝绸,极其轻薄者,重叠穿着。
雨の降る日、つれづれなるに、文などやるもをかし。
下雨的日子,闲来无事,写信之类的,也很有趣。
名所は、吉野、立田、天之香具山。
名胜之地:吉野、立田、天之香具山。
人は、かたちも心も、なべて、見劣りのせぬがよし。
人嘛,无论容貌还是内心,都不应让人觉得看后失望。
もののはじめ、なにごとによらず、いとをかし。
事物的开始,无论什么事,都颇有趣味。
《枕草子》的核心美学概念是「をかし」(okashi),与《源氏物语》的「もののあはれ」(物哀)形成对照:
清少纳言的观察充满了敏锐的知性和明亮的感性,她以简洁有力的判断句("〜は〜なり"型)捕捉世间万象的瞬间之美,体现了平安时代宫廷女性的独特审美视角。